大判例

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和歌山地方裁判所 昭和47年(ワ)226号 判決 1973年3月14日

原告 松浦旭

被告 国

訴訟代理人 永井充 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金五、〇〇〇万円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外寺地敏子(以下単に寺地という)は、訴外コウチ鉄工株式会社を相手方として、長男亡中本益規の交通事故死による損害賠償請求訴訟(同庁昭和四一年(ワ)第五六号事件)を和歌山地方裁判所新宮支部に提起したが、同裁判所裁判官谷村允裕は、相手方の消滅時効の抗弁を容れ、これを理由に寺地の請求を破棄する旨の判決をした。そこで、寺地は、大阪高等裁判所に控訴申立てをしたが、同裁判所裁判官金田宇佐夫、同西山要、同中川臣朝は控訴棄却の判決をしたので、さらに最高裁判所に上告申立をしたが、同裁判所裁判官村上朝一、同色川幸太郎、同岡原昌男、同小川信雄は上告棄却の判決をし、昭和四六年七月三日確定した。

2  また、寺地は、訴外西下音吉を相手方として、贈与契約不履行による損害賠償請求訴訟(同庁昭和四〇年(ワ)第八充号事件)を和歌山地方裁判所新宮支部に提起したが、同裁判所裁判官谷村允裕は、右当事者間の贈与契約の成立を認めず、寺地の請求を棄却する旨の判決をした。そこで、寺地は、大阪高等裁判所に控訴申立をしたが、同裁判所裁判官喜多勝、同宮崎福二、同館忠彦は控訴棄却の判決をしたので、さらに最高裁判所に上告申立をしたが、同裁判所裁判官岡原昌男、同色川幸太郎、同村上朝一、同小川信雄は上告棄却の判決をし、昭和四七年五月二〇日確定した。

3  しかしながら、前記1の第一審判決は裁判官谷村允裕が過失により消滅時効の成否についての判断を誤り、相手方主張の消滅時効の抗弁を認めた違法がある。従つて、みぎ判決を容認する旨の第二、三審の各判決をした前記各裁判官の判断にも右同様の過失、違法がある。また、前記2の第一審判決は裁判官谷村允裕が過失により贈与契約の成否についての判断を誤り、寺地主張の贈与契約の成立を認めなかつた違法がある。従つて、みぎ判決を容認する旨の第二、三審の各判決をした前記各裁判官の判断にも右同様の過失、違法がある。

4  そして、みぎは国の公権力の行使に当る公務員たる前記各裁判官がその職務を行うについて、過失によつて違法に寺地の前記1、2の各訴求により得べかりし後掲5記載の財産上の権利を侵害したるものというべきであるから、被告は、国家賠償法一条一項により、そのために同人の蒙つた次の損害を賠償すべき義務がある。

5  損害 総額金五、三〇〇万円

(1)  前記1事件関係 合計金三、三〇〇万円

(イ) 亡中本益規の逸失利益 金二、七〇〇万円

亡中本は、死亡当時二〇歳であつたから、その就労可能年数を四五年間とし、昭和四七年度の公務員の平均給与月八万円として、同人はこれと同額の収入があるものとみたうえ生活費として一ヶ月金三万円を控除すると、同人の該交通事故死による逸失利益は金二、七〇〇万円となる。

(ロ)慰謝料 金五〇〇万円

(ハ)裁判費用 金一〇〇万円

(2) 前記2事件関係 合計金二、〇〇〇万円

寺地が訴外西本音吉から贈与によりその所有権を譲受けた宅地三〇〇坪および貸家五軒の時価相当額合計金二、〇〇〇万円。

6  昭和四七年七月一五日、原告は寺地から、同人が前4の理由により被告に請求し得べき前記5と同額の損害賠償債権の譲渡を受け、同月二七日、寺地はその旨を被告に通知した。

7  よつて、原告は被告に対し、右損害金五、三〇〇万円の内金五、〇〇〇万円の支払を求める。

二  被告の本案前の主張

原告主張の前記一の1、2の各裁判は、いずれも訴訟法上確定している。ところで、裁判が確定した以上、その裁判の法的安定性が尊重されるべきことは当然のことである。従つて、確定裁判は、訴訟法上再審等の手続で取消されない限り、その確定判決で示された判断を同一当事者間(口頭弁論終結後の承継人を含む)において争い、またはその裁判が誤判であることを理由に国家賠償事件として別訴で争うことは、たとえ先決事項であつても許されないものと解すべきである。よつて、本件各確定裁判が誤判であることを前提とする原告の本訴請求はその主張自体失当というべきである。

三  請求原因に対する認否

請求原因1、2項の各事実は認める。

同3ないし5の各事実は否認する。

同6の事実のうち、原告主張の日頃に寺地から被告に該譲渡通知のあつたことは認めるが、その余の事実は不知である。

なお、確定裁判において示された判断およびこれを導びくに至つた訴訟手続は右裁判に再審事由が存することが明白なときの如き特別の事由のある場合を除き、適法なものと推定されるものである。しかるに原告主張の本件各確定裁判は取消されておらず、かつ、右特別の事由に当る具体的事実の主張もないから、原告の本訴請求は失当として棄却されるべきである。

第三<証拠省略>

理由

一  被告の本案前の主張に対する判断

被告は、原告がその判断に誤りがあると主張する和歌山地方裁判所新宮支部昭和四一年(ワ)第五六号事件および同庁昭和四〇年(ワ)第八五号事件の各判決は、いずれも既に確定しているところ、確定裁判においてはその法的安定性が尊重されねばならず、従つてその確定判決で示された判断に対しては、同一当時者間においては勿論のこと、国家賠償事件として別訴で争うことは、たとえ先決事項であつても許されない旨主張する。

なる程、裁判所が判決で示した判断に対して不服のある場合は、控訴、上告など、当該裁判に対する訴訟手続内で争うべきであり、それが形式上確定した場合は、当該事件に関する事実認定、法令の解釈・適用は終局的なものとして不可争訟的なものとすることが、法的安定性の立場より要請される帰結であり、当該判決確定後は、別訴をもつて、たとえば国家賠償事件としてもその判断を攻撃することは許されないものと考えられないではない。しかしながら国家賠償法第一条は、国の公権力の行使に当る公務員がその職務を行うについて、故意または過失によつて違法に国民の権利を侵害したときは、国に対し損害賠償を請求することができる旨を規定しているが、その場合、公務員が裁判官であり、当該行為が裁判権の行使およびそのためにする権限の行使である場合を除外していないこと明らかであり、また国家賠償法に関連する他の実体法を検討してみても、当該裁判官のした権限行使が裁判そのものであり、その裁判が当該手続において確定し形式的に争えなくなつた場合、みぎ裁判を違法として国家賠償法第一条の訴を提起することを妨げるような規定は存しないのである。のみならず、さきに確定した裁判とこれが違法を争い国に対し損害賠償を求める裁判とは、両者その志向する目的を異にし、審判の対象もまたこれを異にしていると考えられるのである(さきの確定裁判における判断は、審理の結論であり、後の国家賠償事件においては、それは審判を行うに当つての先決事項に過ぎない。)。

要するに、憲法が旧憲法下の国家無答責の原則を廃し、公権力の違法な行使から国民の権利を守り、その侵害に対する救済を保障するため同法一七条を設け、国家賠償法がこれを具体化するものとして制定された経緯に鑑みると、裁判官の行つた確定裁判、就中判決なるが故にこれを国家賠償法の対象から除外する実質的な合理性に乏しいものというべきであり、みぎの如き確定裁判を違法とする主張を国家賠償事件として審判しても別段司法制度または法律の解釈・適用の本質に反しているとはいえないものといわねばならない。よつて被告のみぎ本案前の主張は採用し難い。

二  本案に対する判断

(一)  前説示のとおり、裁判官の行う権限行使、就中判決が、国家賠償法第一条にいう、国の公権力の行使に当る公務員の行為に該ることはいうまでもない。

(二)  そこで、まず、本件各裁判官のした判決が違法を犯してい

るかについて判断する。

原告の主張は、要するに、前記昭和四一年(ワ)第五六号事件については、第一審の担当裁判官が、同事件の被告コウチ鉄工株式会社の消滅時効の抗弁に対する判断を誤り、これを容認して同事件の原告寺地の請求を棄却したのは違法であり、また、前記昭和四〇年(ワ)第八五号事件については、第一審の担当裁判官が、同事件の原告寺地主張の贈与契約の成立に対する判断を誤り、これを認めずみぎ原告の請求を棄却したのは違法である。そして、みぎ各事件の控訴審・上告審が、いずれも第一審の判決を支持して控訴棄却・上告棄却の判決をしたのは違法であるというのである。

案ずるに、一般に、判断作用における誤りの如何は、判断基準(事実判断における自然法則や法的判断におはる法規)と判断資料との相関関係において判定されるべきものであることはいうまでもないが、裁判官のした判断作用における誤謬の有無は、司法の本質や裁判制度の特質上三審制度との関連においてこれを考察しなければならない。すなわち、裁判就中判決は、訴訟手続に則り提出された証拠資料につき厳格な証拠調を経た事実認定を前提とし、厳密な法規の解釈・適用の上でなされるべきものであり、かつ、控訴・上告手続によつて是正されるべき関係にあり、一方、訴訟当事者においても可能な限りの証拠資料の提供と法規の解釈を以つて自己に有利な判断を求めるべく三審制度に則り訴訟活動を行うのであるから、上訴審において支持され、維持されて確定するに至つた判決の最終判断は、再審・非常上告に当るような特段の事由のない限り、何ら違法はたいものと解するのが相当である。

ところで、原告が主張する前記各事件の第一審判決は、いずれも同事件の原告寺地より控訴したが控訴棄却となり、更に上告したがこれまた上告棄却となり確定するに至つたものであることは、当事者間に争いのないところである。そして、<証拠省略>によると、原告が本訴において主張するところは、いずれも前記各事件において同事件の原告寺地がした主張と同一見地、同一趣旨の主張であり、それらは当該事件における重要な争点として当該事件の各担当裁判官によつて慎重に検討判断されたものであることが推認されるのである。しかして、原告は、本訴において、前記各事件の判決につき、前述のほかには、事実認定、法令の解釈・適用に関し違法ありとする、何ら特段の主張も立証もしないのであるから、前記各事件の判決には何らの違法も存しないものと認めるのが相当である。

(三)  以上のとおりとすれば、前記各事件の判決の判断に誤謬の存在することを前提とする、原告の本訴請求は、爾余の点について進んで判断するまでもたく理由がたいから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 諸富吉嗣 塩谷雄 宮森輝雄)

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